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Japan’s first skyscraper

日本初の超高層ビル、霞が関ビルディング

「霞が関ビルディング」は1968年に建設された、高さ147メートル36階建ての日本初の超高層ビルです。
1960年代後半、建築基準法をはじめとした制度や法律の改正が行われ、日本の建築業界は大きな変革期を迎えていました。ビルの建設についても全く新しい形が求められる中で、究極の答えとして誕生したのが霞が関ビルディングなのです。
現在もその姿を残し続ける霞が関ビルディングは、2018年4月12日に竣工から50周年を迎えます。

周辺には皇居や首相官邸、国会議事堂や中央官公庁といった国の中枢機関はもとより、多くの企業が林立し、また国立国会図書館も近く、今もなお、多くの方々にご利用いただいております。

Thoughts for building

霞が関ビルディングが体現する三井不動産の3つの思想

  1. 大都市における
    人間性の回復
  2. “街”としての
    経年優化
  3. ミクストユース
    という概念

Thoughts 01

大都市における人間性の回復

日本初の超高層ビル霞が関ビルディングは、ビルを高層化することで生まれる地上のスペースに、緑や人々の憩いの場を確保し、「大都市における人間性の回復」の実現を目指していくという壮大なテーマを掲げ、その計画が始まったのです。

結果的に、霞が関ビルディングは、広大な敷地に約70%(約1万㎡)もの緑の広場を確保することを可能にしました。霞が関ビルディングはいたずらに高さを競うのではなく、高さによってもたらされる美しく潤いのある都市環境を創造することをテーマとして掲げ、実現することに成功したのです。​​

Thoughts 02

“街”としての経年優化

年月が経つにつれ、老い古びていく「経年劣化」が自然の摂理というものです。​それに対して三井不動産グループは企業思想として、建物のアップデートはもちろんのこと、時が経つにつれ地域も含めたコミュニティを成熟させ、街ごと価値を高めていく、より一層の向上を目指す「経年優化」という考え方を持っています。​

総床面積5万坪を超える広さの中に、約8000人が働き、出入りで1万人を超える霞が関ビルの誕生は、霞ヶ関の地に一つの”街”を作ってきたといっても過言ではありません。

霞が関ビルディングは現在に至るまで、「経年優化」をビルとして体現してだけではなく、その周辺の霞ヶ関エリアの「経年優化」も実現してきました。

Thoughts 03

ミクストユースという概念

「日本初の超高層ビル」として霞が関ビルディングは計画から今に至るまで、常に人々に望まれる新しい考え方や試みを実践してきました。その一つがミクストユース(複合用途型)​です。

建物内に病院、郵便局などの公共施設が入り、ビル自体に街の機能を混在させる概念が、霞が関ビルディングに初めて取り入れられました。

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